遺骨は誰のもの?
米積 直樹 (弁護士)
「伯父の遺骨を取り戻してほしい。」
私が初めてこの相談を受けたのは、今から2年ほど前でした。詳しくお話を聞くと、伯父様の遺骨が菩提寺に納められていたところ、お墓に埋葬される前に親戚の一人が無断で遺骨を引き取ってしまい、そのまま自家の墓に埋葬してしまったというものでした。
「遺骨」について正面から取り組んだことがなかった私は、当初戸惑いを覚えましたが、相談者の方にとっては、亡くなったお父様の代からの約20年越しの悲願だそうで、何とか実現できないかとの思いで引き受けることとしました。
民法上、系譜、祭具、墳墓といったいわゆる祭祀財産は、897条により祭祀主宰者が承継することが定められていますが、遺骨そのものについては、当然に祭祀財産に含まれるわけではなく、一個の有体物として所有権の客体となります。そして、その所有権は祭祀主催者が承継する(最高裁平成元年7月18日)との結論をとるのが判例であり、依頼者が祭祀主宰者であったことから、所有権に基づく返還請求を行うこととなりました。
交渉ではとりつく島もないといった対応であったことから、提訴に踏み切り、無事勝訴判決を取得しました。判決確定後も、相手方からは何の応答もなかったことから、強制執行を行うことになりました。
とはいえ、裁判所でも相当に珍しい事案らしく(横浜地方裁判所管内で、執行の記録が残っているのは1件のみだったそうです。)、執行官とも繰り返し相談しつつ、執行実施日を迎えました。執行の際、一番の問題となるのは、執行の対象である「遺骨」が、伯父様のものとの同一性を確認できるかという点であり、この点が確認できなければ執行不能となってしまいます。依頼者の記憶では、骨壺に伯父様の戒名ないし名前が記載されていたとのことでしたから、それを頼りにとりあえず実施することとなりました。
執行当日の予報は、気温も低く、あいにく雨というもので、予報通り朝から雨でしたが、我々が霊園に到着するころには、雨は上がっていました。墓前で一同合掌し、依頼者が伴った住職の読経が響く中、お墓が開かれました。この執行により引渡しを受けられなければ、もう遺骨の返還を求める途が閉ざされてしまう依頼者の不安と期待は、この瞬間最高に高まっていたのは、隣の私にもひしひしと伝わってきていましたし、私自身もはっきりと緊張していました。そんな私たちの目に飛び込んできた納骨室内の骨壺には、伯父様の命日とお名前がはっきりと書かれており、我々に示されるようにその面が向けられていました。これにより同一性の問題は、はっきりとクリアされ、伯父様の遺骨は依頼者の元に戻ることとなりました。まるで伯父様が、依頼者の不安を早く解消してあげようとしていた、と言ってしまうのは感傷的にすぎるでしょうか。
私自身が先祖とのつながりを意識するのは、たまの帰省の際に墓参する時くらいですが、遺骨を抱え、涙ぐまれている依頼者の方の姿に、先祖に対する思いの尊さを改めて実感することが出来た事件となりました。