終活~来るべき日にそなえて~

野口 沙理 (弁護士)

 不動産や預貯金等の財産が残されている状態で,所有者が行方不明のときや,亡くなって相続人がいなかった場合に,債権者等は「財産管理人」を裁判所に選任してもらうことが出来ます。
 私もこれまで依頼を受けて財産管理人選任の申し立てを行ったことがあります。その際亡くなった方や行方不明者の調査を行いますが,調査といっても戸籍や登記等を調べることが主な作業となり,関係者の方もご本人のことを詳しくご存じでないことが多いため,詳細な情報を得ることは難しいのが現実です。イメージとしては,亡くなった方や行方不明の方を,外側からあくまでも客観的に眺めるような感覚でした。
 しかしながら,自身が裁判所から財産管理人に選任されたときには,まったく異なってきます。例えば,相続人がいない方の相続財産管理人となった際には,不動産の鍵を開けて中に入り,引き出しの中や机上の書類を一つ一つ調べて,財産や債務を把握していくこととなります。すると自然に,ご本人の生前の生活状況が伝わってくるのです。
 利用明細を読めばどのような物を食べ,どのような品物を使用していたかがつぶさに分かってきますし,引き出しを開ければ好みの服やアクセサリーを知ることとなります。若くして亡くなられた方の不動産を調べた際には,手紙に,友人らからご本人に宛てられた心配や激励の言葉が綴られていました。また,関係者の方からの聴き取りをする中で,生前の様子を目に涙を浮かべながらお話しされる姿に思わず心打たれ,同時に,こんなにも思ってくれる人たちがいる中でご本人はきっともっと長生きをしたかっただろう,と胸が痛みました。
 あまり気持ちを入れ込むべきではないと分かってはいながら,生前のご本人の生活や交流関係に触れることで,ご本人と気持ちを共有するような感覚となってしまうのはやむを得ない気がします。死に対するやるせなさや悲しみをも感じることになりますが,亡くなった方の気持ちを知ることは,その方への敬意を払いつつ,残された財産の処分方針を適切に決定するためにも意義があることだと思います。
 一方で,遺言書のように,何らかの形で生前の気持ちを残しておいてくれれば,と悔しくも思うのです。確かに,いざ遺言書を作ろうとすると,誰にどのような形で相続・遺贈させるか熟考しなければならず,実際に内容について非常に悩まれる方もたくさんいらっしゃいます。しかし,遺言書は何度でも書き直すことが出来ますので,まずは現時点での気持ちを残しておくことが大切ではないでしょうか。
 亡き後のことを決めるという意味では死後事務委任という方法もあり,法律上様々な選択肢が用意されています。終活という言葉が注目されている昨今ですが,財産管理人としての経験を通し,法律上の制度をうまく利用して個々人が今の思いを形に残しておくことが大切であると改めて強く感じているところです。