商工ローン問題の現在
本田 正男 (弁護士)
昭和40年代の4大公害事件に端を発する公害訴訟の例に代表されるように,弁護士という職業は,そのときどきに,日本社会の中に立ち現れた病理現象と否応なしに向き合うことがあります。それぞれの弁護士は,自らが弁護士になった時代に呼応し,何か宿命のように,目の前で起こる問題に対峙することになります。平成10年4月に弁護士登録をしたぼくの場合,避けて済ますことのできなかった問題の1つがいわゆる商工ローン問題でした。
主に中小企業に対し,手形などを担保として融資する貸金業者である商工ローン(事業者金融)は,銀行の貸し渋りを背景に,日銀の低金利政策の中で業績を伸ばしてきましたが(たとえば,経済誌Forbesが2006年3月に発表した同年の世界の億万長者ランキングには,お金持ちの日本人が27人ランクインしていますが,このうち7人は,商工ローン業者やサラリーマン金融など貸金業者の代表者らが占めています 。),これら業者の業績拡大に比例して,主債務者の破綻を予測しながら,連帯保証人の信用をあてこむ過剰与信や,高金利,過酷な取立といった様々な害悪が被害者やその家族の生存を脅かすほどの深刻さで社会に撒き散らかされてきました。平成11年10月には,当時業界最大手だった株式会社日栄(社名変更に伴い現在は株式会社ロプロ)の元従業員が「あんたのじん臓,肝臓,目ん玉も全部売れ」「じん臓1個300万円くらいで売れるわ」「目ん玉も1個100万円くらいで売れる」などと脅し返済を迫ったとして逮捕されるに及び商工ローン問題が一気に社会問題化したことはいまだ記憶に新しいところです(よく知られていますように,我が国の自殺者数は,商工ローンの台頭と時期を同じくして,平成10年以来10年間連続して3万人を越えるという未曾有の事態に陥っています。最新の平成19年のデータによっても,自殺者のうち24%,人数にして7318人は,経済生活問題に原因動機があるとされています 。そして,これがいかに突出した異常な数字であるかは,自殺率の国際比較をすれば一目瞭然であると思われます 。)。同月日弁連も当該問題について意見書を出していますが,これに先立ち,平成10年12月日栄・商工ファンド対策全国弁護団という商工ローン問題を正面から取り上げた全国弁護団が結成され ,この弁護団にぼくの同期修習の弁護士も全国から数多く参加しました。
その後,同弁護団の中心メンバーの1人であった川崎の茆原弁護士が横浜地裁川崎支部で勝ち取られた上記日栄相手の勝訴判決が,東京高裁へ,そして,上記弁護団の全面的な支援の中で,最高裁へ進みました。被害者の声を届けようと朝最高裁前で何度もビラを配ったり,全国各地で定期的に開催される弁護団の研究会に参加するなどしている中で(茆原先生の書かれた書面の熱さ(厚さ)に感動して,自前でホームページを作って書面を公開するなどもしていました 。),最高裁判所の判決は,平成15年7月18日に下されました。当日移動中のJR南武線の車内で携帯電話に配信された判決のニュース速報をみていたのですが,弁護団の主張を正面から受け止め,利息制限法遵守の精神に貫かれた判断であったことに,読んでいて途中こみ上げてきてしまい,いい大人が車中涙を拭いているのが恥ずかしかったことを思い出します。
その後も,弁護団は,貸金業規制法の定めるみなし弁済規定を巡って,やはり代表的な商工ローン業者である株式会社商工ファンド(社名変更に伴い現在は株式会社SFCG)を相手にした平成16年2月20日最高裁判決,現在消費者金融大手アイフルの子会社となっている株式会社シティズを相手にみなし弁済規定を正面から争った平成18年1月13日最高裁判決などの勝訴判決を勝ち取り,これら一連の最高裁裁判決は,平成18年12月に成立した「貸金業の規制等に関する法律等の一部を改正する法律」に結実し,同法改正によって,出資法の上限金利は年29.2%から年20%にまで引き下げられ,悪名高いみなし弁済規定は廃止、保証料はみなし利息とされるなど貸金業制度の抜本改正につながっていきました。 死闘といって何ら差し支えないような,10年に及ぶ弁護団と商工ローンとの戦いについて,個人的な体験も含め,いつか事務所報に書いてみたいと思っていたのですが,思いもかけず,今般アメリカ合衆国に端を発したいわゆる金融危機が商工ローン問題に今一度光を当てることになりました。上記商工ローン業者株式会社SFCGは,貸付資金を従来から外資に依存しており,特に,破綻した米証券会社大手のリーマン・ブラザーズから,短期借入約822億円のうち734億円を調達していたため ,同社の破綻に伴って資金繰りが悪化し,この秋以降不動産担保融資の債務者や連帯保証人らに対し,一斉に,「担保割れが生じた。」などとして一括での弁済を要求してきたのです。私の依頼者の中にも,私の事務所できっちと分割和解をし,これまで一度も支払いを怠ることなく真面目に支払いを続けていたにも拘わらず,今回突然に一括での全額の弁済を迫られ当惑して電話をかけてこられた方がいらっしゃいました。弁護団では,かような一括請求に対して,行政処分の申立をしたほか,10月31日には,今回の一括請求にかかる被害者の方たちを中心に集団提訴を行い,同日には記者会見も開いて世論喚起に努めました。いくつものメディアで紹介されていましたから,ご覧になった方も多いかとは思いますが,なお多数の被害者の方がいらっしゃることと思います。今回新しく設けられました弁護団のホームページhttp://nichiei-sfcg-bengodan.com/index.html等を通じ,より多くの方々が,必要な法的保護を受けられるようになることを願ってやみません。