即決裁判手続

菊池 博愛 (弁護士)

 今年の10月から刑事手続きにおいて,被疑者国選制度と即決裁判手続きという新しい2つの手続きが導入されます。

 私は現在横浜弁護士会の刑事弁護センター運営委員会に所属していますが,その関係で8月28日に日弁連で行われる刑事弁護の研修の準備に携わっています。 担当しているのは即決裁判手続きの部分ですがこの手続きについては研修の準備をしている中でいろいろな問題点があることが分かりました。

 即決裁判手続きとは,軽微な事件を前提に被告人が起訴事実を認め,即決裁判手続きに付されることに同意していることを条件として,原則1回の公判で判決まで行われるという制度です。 大きな特徴としては裁判所は判決で懲役又は禁錮の言い渡しをする場合には執行猶予を付けなければならないことがあげられます。 つまり,裁判所は実刑判決を下すことが出来ないのです。

 ここに大きな問題があると思います。

 まず,自白の強制が行われる危険性があるということです。 現在でも被疑者が否認している場合に警察検察が被疑者の身柄を拘束した上で「お前が自分の犯行だと認めればすぐに釈放してやる。」などと言って自白の強制をすることがあると言われていますが,即決裁判手続きでも同じことが行われるのではないかと思うのです。 即決裁判は被告人にあらかじめ執行猶予を保障する手続きですから「即決裁判にしてやるから。」などと検事に言われてしまったら否認している被疑者はぐらついてしまうのではないでしょうか。 日本の刑事裁判の現状では99%以上の確率で有罪判決が出ます。 被疑者はわずかな無罪判決の確率にかけて否認を続けるよりも,真実は犯罪を犯していないにもかかわらず虚偽の自白をして刑務所に行かないという保障をしてもらう方向に流れてしまうこともあるのではないでしょうか。

 また,即決裁判手続きでは公判そのものが形骸化してしまわないかということも大問題です。 何しろ被告人には執行猶予が保障されているのですから,被害者と示談しなくても,謝罪しなくても,全く反省していなくても刑務所に行くことはありません。 これでは厳粛であるべき裁判がいいかげんなものになってしまわないかと心配するのです。 犯罪を犯した人が反省するのは当然のことで,刑務所に行きたくないから示談するとか反省するというのは筋が違うのかもしれません。 しかし,実際には,判決によっては自分が刑務所に行かされる可能性があるという事実がきっかけとなって被告人が反省するということはあることだと思います。

 まだ始まっていない制度についてあれこれ言うのは適切でないかもしれませんが,即決裁判手続きに対する私の心配が杞憂に終わることを期待しています。