ロースクールで講義を担当して

 

本田 正男 (弁護士)

 横浜弁護士会では,神奈川県内にある3つの大学との間で,これらの大学が設置した法科大学院(ロースクール)に講師を派遣するなど,連携して次世代の法曹養成システムに主体的に拘わっています。 そして,機会を頂き,僕も,これらのロースクールの1つある関東学院大学で,この春から週に1度「実務倒産法」の講義を担当させていただいています。 今回はこのロースクールで講義を担当した感想をお話ししたいと思います。

 ロースクールで教えた感想として,こんなことを最初に書く人は他にはいないかも知れませんが,僕の第1の感想は,自分の勉強になるということです。 毎週人様の前で90分間も喋るわけですから,さすがにそれなりの準備や全体の見通しが必要になりますし,根拠条文や裏付けとなる理論の理解も必要です。 弁護士を10年近くもやっていると,ついつい日々の忙しさに流されて,しっかりした準備や計画もなしに,経験と度胸(はったり)だけで事件の処理を進めてしまうという傾向があるように思います。 ロースクールの講義は,そんな僕に,もう一度六法にあたって条文を読んだり,体系書を開いて基礎的な知識を確認したりという作業を強いています(講義を重ねる度に分かってきたことですが,生徒さんは真面目で,こちらが考えている以上に勉強していて,様々な法的知識をすでに身につけています。 そのことが僕にプレッシャーをかける最大の要因となっていることは云うまでもありません)。 水曜日の午前中の講義なので毎週火曜日の夜には睡眠時間を削られ体力的にもかなりきついのですが,講義の準備で結果的に一番得をしているのは紛れもなく僕自身です。

 また,担当する実務倒産法の範囲に限られますが,ロースクールの講義を担当したことで,過去に自分がやってきた事件の処理を振り返る機会をもてたこともとても楽しいことでした。 通常の弁護士の業務を続けながらの毎週の講義では講義の準備のために多くの時間をとることはなかなかできませんし,新しく教材や資料を作る余裕までは到底ありません。 そこで,仕方がありませんから,これまでの自分自身が事件を処理する中で作ってきた書類を記録の中から引っ張り出しきて,事件の関係者など内容を特定できるような部分には黒塗りをした上で,それをそのまま講義の教材として使っているのです(「実務倒産法」という科目の性質も,そのような生の素材を扱うのに適しているように思います)。 その結果自分でも忘れていたような過去の自分自身の事件処理をもう一度眼のあたりにすることになりました。 昔自分の作った書面を今見ると,あるものは,冷や汗の出るような内容だったり,あるものは,今の自分からは失われてしまった類の真面目で丁寧な事件処理がされていて感心したりといった具合にどれもが懐かしく,そして,何故か,今目の前にある仕事に対しても,もう一度やる気を起こさせてくれるものばかりでした。

 つまるところ,他人との関わり合いの中でしか,今の自分の立ち位置を確認することはできません。 人に教えるなどというととても大仰ですが,今の自分の中にないもの,今まで自分がやってきていないことを他人に伝えることはできません。ロースクールという新しい制度の行き着く先は誰にも分からないし,教える方も教えられる方も目先の結果ばかりを気にしていても仕方がないように思います。 確かなことは,自分のやってきたことは消せないし,(栄養になるばかりではないでしょうが,)物事に懸命に取り組んでいるうち,何かがやがて自分の体に染みついて残っていくという事実です。

以 上
平成17年6月25日