パンドラの箱

松本 素彦 (弁護士)

 コロナ騒動に明け暮れた1年半でした。度重なる緊急事態宣言の影響で、不要不急の外出は制限され、人が移動することも、人と会うことも、お店でお酒を飲むことも禁止され、外で飲食することさえ抑制されてきました。マスコミの報道もPCR検査の要請者の数を感染者として連日報道し、かつ将来の増大の恐れを過度に強調したため、コロナそのものの病弊よりも、感染や重症化、死の恐怖に人々は怯え、加えて、“social distance”による孤独や経済的な不安を抱えながら、日本の社会がすっかり委縮してしまい、変貌してしまったという印象でした。
 しかし、このような状態は本来の人間の姿ではありません。人は交流し、対面し、話し合い、触れ合い、支え合い、助け合い、感謝し合うときに、喜びや幸福を感じるものであり、その意味から、“social distance”や“stay home”という言葉が一日も早く死語になることを願って止みません。

 私は、相模原の地で長く執務をしたあと、寄る年波に抗しがたく、一旦休業しておりましたが、令和2年の1月に同期の高柳先生のお誘いがあり、川崎総合法律事務所に入所をさせていただきました。ところが、ようやく仕事が少し入りかけた矢先、令和3年になるや緊急事態宣言が相次ぎ、“stay home”を余儀なくされ、ほぼ仕事のない毎日を家で過ごしました。

 この間、心の支えとなったのが、小学校のころ教科書で読んだ「パンドラの箱」というお話です。
 ギリシャ神話のお話ですが、ゼウスという神様が、人間界にパンドラという女性を送り込みます。その時ゼウスはパンドラに、「絶対に開けてはいけない。」と言って箱を渡します。しかし、開けたいという誘惑にかられたパンドラは、ある日、箱を開けてしまいます。
 開けた瞬間、箱の中から出てきたのは、「悲しみ」、「不安」、「恨み」、「争い」、「嫉妬」、「後悔」、「病」、「死」という各種の「災い」でした。彼女は慌てて箱を閉じました。
 すると、箱の中から「お願い。私を出して。」という声が聞こえてきます。彼女が逡巡していたところ、再び箱の中から声が聴こえてきます。「私は『災い』ではありません。彼らとは違います。」「お願いです。私を信じて下さい。」と。
 パンドラがその言葉を信じて箱を開けてみると、出てきたのは、「希望」でした。
 「希望」はにっこり明るく笑いながら、「私は、これから常にあなた方と一緒にいて、どんな「災い」からもあなた方を救います。」「ですから、どうか私を忘れないで下さい。いつでも私のことを思い出して下さい。」と言ったとのことです。
 この1年半のコロナ騒動は、まさに「災い」あるいは「災いへの恐れ」が世の中を席巻した時代でした。だからこそ、私は、ここから立ち上がるための重要なキーワードは、断じて「希望」だと思いました。

 今後の私の抱負ですが、私としては、生きている限り、利他の精神を忘れず、紛争の渦中にいる人々に寄り添いながら、本人の平和の回復に向けた活動に鋭意尽力して行く所存です。今後とも、よろしくご指導・ご鞭撻を賜りますようお願い申し上げる次第です。

 最後に、私の好きな「月光仮面」の歌詞の2番を掲げます(川内康範作詞)。

   どこかで不幸に 泣く人あれば
   かならずともに やって来て
   真心こもる 愛の歌
   しっかりしろよと なぐさめる
   誰でも好きに なれる人
   夢を抱いた 月の人
   月光仮面は 誰でしょう
   月光仮面は 誰でしょう