どうして外国人は不受理申出できないの?(改正戸籍法のハプニング)

熊谷 靖夫 (弁護士)

 平成19年に戸籍法が改正され,平成20年5月1日から施行されました。 改正戸籍法は,個人情報保護の観点から,本人確認や第三者からの戸籍謄本等の交付請求の制限などが設けられたほか,「不受理申出」制度が明文化されました。

 「不受理申出」制度とは,結婚,協議離婚,養子縁組,協議離縁,認知の届出書に署名捺印をしたがその後意思が変わった場合,あるいは届出書が勝手に偽造されて届出がなされる恐れがある場合に,まだ届出が役所に提出されていない時には,『私自身が窓口に来たことが確認出来ない限り届出を受け付けないでください』と役所に前もって申し出をする制度です。

 結婚,縁組などの制度は,両者の合意あったとしてもそれだけでは効力は生じず,さらに届出により初めて効力が生じます。 このため,例えば夫婦間で離婚することに合意をして離婚届に署名捺印をして相手に渡したものの,仲直りをして結局離婚届が提出されなければ,協議離婚の効力は発生しません。 しかし,離婚する意思はなくなったのに記入済みの離婚届をそのまま相手が持っていることもあります。 そして,相手が何らかの事情で再び離婚を希望しはじめたとき,こちらは離婚することに同意しなくても,相手はかつて作成した離婚届を提出することが可能です。 そして,役所の窓口では形式的な要件しか確認しないので受理されてしまう問題が生じてくるのです。 届出をされないためには,離婚届を返してもらう,破棄することが一番ですが,そのようなことが出来なかったときには不受理申出制度を利用することになります。

 不受理申出の制度はこれまで法律上明文はありませんでしたが,通達などにより,日本人同士あるいは日本人と外国人が当事者の場合において,いずれの当事者からでも不受理申出をすることができました。 しかし,今回の戸籍法の改正によりなぜか外国人当事者からの申し出については,不受理申出を受理しないという運用が全国の窓口で始まったのです。 このような運用が開始されることは事前にはほとんど広報されていなかったため,運用開始されてからこの問題が明らかになりました。 運用はすでに始まっていますから,一日もはやい是正が望まれました。 そこで,私も関係条文,通達などを入手,分析してみましたが,条文上,外国人当事者からの申し出を受け付けないと明らかに規定されている訳でもなく,受け付けない運用を明記した通達,指示書なども見あたりませんでした。 さらに,外国人当事者からの申し出について断らなければならない合理的理由もありませんでした。

 この運用開始に対して多くの異議が法務省に届いたのでしょうか,平成20年5月27日,法務省は外国人当事者からの不受理申出も平成20年6月6日から受理する旨の通達を出したことにより,問題は解決しました。

 今回の運用は,外国人に対する差別という結果が生じるために決して軽くない問題と思います。 法務省ないし関係機関において運用を決めた担当者には外国人を差別するという積極的意識があったとまでは断言できませんが,もう少し人権に対する配慮があれば,このような騒ぎは起こらなかったと思うと残念に思える一件でした。