昔のお話

弁護士 菊池 博愛

 2024年は新潟県中越地震から20年の節目にあたる年ですが、中越地震というと思い出すことがいくつかあります。
中越地震の際にたまたま何人かの弁護士と一緒に現地にいて大変な目に遭ったという思い出もありますが、今回は別の
ことを紹介したいと思います。

当時の私はまだ独身で実家におりましたが、毎年夏休みに両親を含めた家族と国内旅行をする習慣がありました。
その年の夏休みにどこに行ったのかは忘れてしまいましたが、羽田空港まで自動車で出かけ、羽田空港の隣接駐車場に自動車を駐め、飛行機を使って北海道かどこかへ旅行したのだと思います。

ところが、旅行が終わって羽田空港へ着き、駐車場で駐車料金を精算しようとすると駐車券がありません。
ズボンのポケットや自動車の中など隈なく探したのですがどうしても見つかりません。
私には駐車券を父親に渡したような記憶もあったため、父親にも探してもらったのですが、父親の衣服や荷物の中からも見つかりませんでした。
そのため、私は仕方なく、管理人のところに行き、これこれこういうわけで駐車券が見つかりませんという説明をし、始末書のようなものを書いて正規の料金を支払い、事なきを得ました。
私はその後帰りの自動車の中で、父親が駐車券を紛失したため始末書を書かされたとひとしきり不平不
満を述べていたらしいです。

それから数か月後、私たち家族は身内の慶事で新潟に行くことになりました。通常は新潟であれば新幹線を使うのでしょうが、このときは中越地震による脱線事故の影響で上越新幹線が止まっており、新潟へは飛行機で往復することになりました。
このときも私たち家族は自動車で羽田空港の駐車場に自動車を駐めて新潟を往復することになりました。
新潟での慶事も無事に終了し、羽田へ戻ってきて、私が駐車料金の精算機で精算しようとして駐車券を入れたところ、精算機から「チュウシャリョウキンハ、ジュウナナマン・・・」と細かい数字までは忘れてしまいましたが、とんでもなく高額の音声案内が流れました。隣の精算機で精算していた方
がびっくりしてこちらの画面を覗き込んだほどです。私は何かの間違いだろうと思い、もう一度駐車券を入れ直したのですが、再び「ジュウナナマン・・・」の音声が鳴り響きました。

よい子の皆さんはもうおわかりですね。そうです。私は夏休みの旅行の時に紛失したはずの駐車券をこのときに機械に差し込んでいたのです。
どうやら夏休みの時の駐車券も新潟に行った際の駐車券も2枚とも私は自分の財布に入れており、そのことに全く気づかずに、今回は夏休みの時の駐車券を取り出して機械に差し込んでいたのです。
さすがに2回もこのような恥ずかしいアナウンスをされて私も事態を理解することができ、駐車料金の精算自体は正しい駐車券を入れ直して問題なく終わりました。

私は夏に父が駐車券をなくしたと文句を言っていた手前、このことを家族に話すべきかどうか悩みましたが、あまりに面白い話だったので帰りの自動車の中でこの出来事を白状しました。
その後、家族からこの出来事がしばらく話題にされてしまいましたが、今となっては懐かしい思い出です。