期待される家庭裁判所 もっと身近で,利用しやすく,頼もしく
本田 正男 (弁護士)
前号の事務所報では,昨年5月に行った養育費と面接交渉についての日弁連の両性平等委員会のシンポジウムについて書かせていただきましたが,その後も,シンポジウムづいています。同じ両性平等同委員会で,11月2日には婚外子差別と選択的夫婦別姓を中心として家族法の改正を求めるアピールを採択したシンポジウム。さらに,12月11日には,今年度から委員として加わった家事法制委員会のシンポジウム「両親が離婚した後の親子の関わりのあり方-共同親権の展望」にも参加させていただきました。そして,続いて,今月30日日曜日には,横浜弁護士会主催の恒例の弁護士フェスタの中で,メイン・テーマとして家庭裁判所を取り上げることになりました。この原稿の標記は,実は,上記弁護士フェスタの表題をそのまま拝借したものです。
上記の日弁連のシンポジウムのテーマは,いずれも家族についての法的紛争を扱っている訳ですが,一連のシンポジウムの開催自体からも伺われますように,最近家族を巡る法的な紛争は量的にも拡大し,質的にも深刻化してきているように感じられます。
これら家族を巡る紛争は,家事事件として,裁判所としては家庭裁判所にかかることになる訳ですが,果たして家庭裁判所は,ここまで拡大し深刻化した家事事件に対峙するのに充分な組織となっているでしょうか。
たとえば,平成21年の司法統計をみても,横浜家裁で1年間に新しく受けた調停事件の数は,10,055件と1万件を超え,うち一般調停事件は4,465件に上っています。そして,婚姻中の夫婦の間の紛争を対象とする婚姻関係事件だけでも年間5,319件の調停事件が処理されています(この件数は,東京家裁の7,332件に次ぐ数字で,大阪家裁の4,675件という処理数を大きく上回っています。)。
ところが,これだけの数の事件を処理している神奈川の家庭裁判所には,一番裁判官の多い横浜家裁本庁ですら,家事調停のために2部5係しかありません。つまり,僅か5人の裁判官で上記の数の事件をこなしているのです(それぞれの係には調停官となった弁護士がパートタイム裁判官として勤務し,常勤の裁判官を補助しているのですが,非常勤裁判官は,みな週に1度だけの勤務で,かつ,各係1名ずつの配属ですから,焼け石に水とまでは言わないものの,抜本的な人力の不足はいかんともしがたい状況にあります。)。たとえば,140万人以上の人が暮らす川崎市を対象エリアとする家裁川崎支部では,僅か2名の裁判官だけですべての家事事件が処理されています(川﨑には全事件を通じて裁判官は13人しかいません。上海では,数年前に当事務所の高柳弁護士が視察してきたところでは 1700万人の人口に対し2,500人の裁判官がいるとのことですから,日本の裁判官数は,人口比でみても,中国の10分の1にも届かないということになります。)。
しかしながら,事態は一層深刻だと云わなければなりません。といいますのは,たとえば,離婚だけに限ってみても,現在日本の離婚件数は,およそ年間25万件程度で推移していているのです。これだけの離婚件数がありながら,平成20年には,調停で離婚する人は9.7%,裁判所で和解で離婚する人は1.4%,判決で離婚する人は僅か1%に過ぎないのです。つまり,約9割にも上る毎年二十数万組程の夫婦は,裁判所の関与のまったく届かないところで,その養育する子について親権者を定めるだけで協議離婚をしているのです。 離婚する夫婦の約6割程度,平成21年度でいえば,57%に相当する143,834件が親権を行わなければならない子のいる,いわゆる有子離婚ですが,昨今しばしば問題とされる子の養育費の未履行や,その必然的な結果である一人親家庭,特に,母子家庭の貧困の原因には,先進諸外国と異なって,上記のように,司法機関の関与が一切なく,養育費等の取決めがなくとも,また,慰謝料や財産分与など婚姻生活中に行われたことの適正な清算が何一つ行われていなくても,離婚届は受理され,離婚が成立してしまう制度設計となっていることが大いに影響していると思います。
弁護士フェスタでは,市民にとって一番身近で頼りになるはずの家庭裁判所について,利用者の立場から,その重要性を再度認識するのと同時に,一層の拡充やその機能の強化を求めていきたいと思っています。