いよいよ始まった裁判員裁判
菊池 博愛 (弁護士)
いよいよ裁判員裁判が始まりました。5月21日以降に起訴がされた一定の重大事件(法定刑に死刑,無期刑が含まれている事件,故意の犯罪で人が死亡している事件)が裁判員裁判となります。
裁判員裁判になって何が大きく変わるかと言いますと,一般市民の判断が加わるわけですから事実認定が今までと変わる可能性がある。それから,量刑判断(刑の重さ)も大きく変わる可能性があるということでしょう。また,裁判員はそれを職業としていないわけですから時間がない,そこで裁判を集中審理で行うということも大きな変更点です。
まず,事実認定の点ですがこの点については私は裁判員裁判に期待しています。私は弁護士になってもうすぐ8年というところですが,これまでこれは無罪だと確信した事件が2つあります。どちらの事件も一審で有罪判決を受け,控訴をし,一つは上告して最高裁までいきましたが結論は有罪のままでした。2人とも実刑判決でしたので今でも刑務所にいるかもしれません。事件の具体的な内容を書くことはできませんが,もしこれらの事件が裁判員裁判だったら・・・という思いを今も持っています。
次に,量刑判断についてですが,これについては重罰化を懸念しています。弁護士という職業をしているとどうしても量刑判断が甘くなってしまうのかもしれません。しかし,例えば模擬裁判の際などに裁判員役をされた市民の方から,「被害を弁償して示談するのは当たり前のことなのにどうして軽くしなければならないのか。」などと指摘されてしまうと今までの(法律家の)常識は通用しないのだな,と痛感します。弁護士の感覚だと,多くの事件で示談金が用意できない,用意できても被害者が会ってもくれないといった事情で示談ができないことを経験しているものですから,示談できた場合には被告人に有利に評価してほしいという思いがあります。ところが,市民感覚だと示談するのは当然のことということになってしまうのです。
また,市民の方から「人が一人死んでいるのだから死刑が当然だ。」といった意見も聞くことがあるのですが,これもこれまでの量刑相場とは異なる感覚です。殺人罪で被害者が一人のケースで死刑になるということはこれまでほとんどありませんでした。仮に裁判員が全員死刑と言っても裁判官が一人も死刑と言わなければ死刑判決は出ないのですが,これからは殺人事件の弁護人を担当する際には常に死刑判決を受ける可能性があることも頭に入れて被告人と面会しなければならないのだろうと思っています。
最後に集中審理の点ですが,これは弁護士の仕事のスタイルに大きな変革をもたらすことになります。3~4日の日程をまるまる一つの裁判のために空けておき,そのために何日もかけて準備するというのはかなりの根気と体力が必要となりそうです。また,同時に抱えている他の事件にもしわ寄せがいくでしょう。他の事件の依頼者にとってみても何か起きたときにすぐに弁護士に対応してもらいたいと思っているのだと思いますが,裁判員裁判事件を担当している期間はすぐに対応できないことも出てくるかと思います。もっとも,依頼者に対しては「今裁判員裁判を抱えているから・・・。」ということは言い訳にならないので実際に裁判員裁判対象事件を担当することになったときには悩みどころとなるでしょう。
いずれにしても裁判員裁判の制度は始まりました。これまでの刑事裁判からすると革命的な変化です。この制度がうまくいくのかどうかはそれに携わる人たちのやる気にかかっているのだと思います。